[11:30]
そろそろ12時間!
チェックアウトして!
怪しい健康ランドで爆睡していた私は、時間ギリギリに店員に起こされて飛び起きました。
ピキピキピキ‼︎
足と腰が痛い‼︎
前日の大移動による疲れはだいぶ取れたものの、合計20kgの荷物を身につけたまま夜中に歩き続けた私はひどい筋肉痛で、起きあがるのが困難でした。
てるてる
バギオの語学学校で知り合った日本人の夫婦がいました。
テルオ、テルミ夫婦で「てるてる」なんて呼ばれたりしていましたが、そんな可愛い呼び名は彼らにふさわしくありません。
なぜならふたりともとんでもない色気を放っており、『Mr.&Mrs. スミス』とでも呼んだほうがしっくりくるほどダンディでセクシーなお似合いの夫婦だったのです。
バギオにいた時にテルオさんがそう言っていたのを思い出した私は、2日前に台湾行きが決まった瞬間にテルオさんに連絡していました。
-テルオさんお久しぶりです。バックパッカーのこの私、いろいろあって急遽台湾に行くことになったのですが時間が合えばお食事などいかがでしょう?-
Wi-Fiが無い場所では私は完全にオフラインになってしまうため、テルオさんと満足に連絡が取れませんでした。
健康ランドの激弱Wi-Fiで、唯一受信できたメッセージが「明日13時に東門の駅前で会おうじゃないか」というもの。
東門?
もしかしてそれは…。
はやくチェックアウトしてよ
カクガリの地元だ!
店員が言うにはここから歩いたら少なくとも1時間はかかるだろうとのこと。
Wi-Fiが弱すぎてダンディ・テルオのメッセージに返信できずにいたのでこの約束は成立していないのかもしれません。
しかし店員に急かされて外に出た私は、そこから一歩も動けないほどこの国のことを何も知らないのです。
これから4日間台湾でどう生きればいいのかてるてる夫妻から教えを請う必要があると思い『東門』へ向かいました。
トンマン
[12:00]
重い荷物を背負い歩き出します。
地下鉄やバスでもよかったのですが、電車も通っていない九州の山奥出身の私は日本でも乗り換えのミスをしてしまうほどの『公共の乗り物恐怖症』なのです。
おそらく『めんどくさい客』であった私にもわりと優しくしてくれた店員。
彼にもらった紙の地図を頼りに歩き出します。
地図で見る感じではシンプルなルートです。
「まっすぐ行って、右に曲がって、大通りを左」
そんな感じだったはずなのですが、現実はそう甘くはありませんでした。
10分ほど歩いた時点で現在地を見失い、もはや自分が東西南北どの方向を向いているのかも分からなくなってしまったのです。
ネット環境がある中でもっと調べておくべきでしたがいまさら遅い。
いや、私は深く考えて行動しています。
その『考え』がまったく深くないのです。
と言い聞かせ、ついに聞き込み開始。
東門は「トンマン」と発音すると思うのですが、前日に会ったカクガリは
と言っていたので、私もそう発音することにしました。
なぜか私に向かって笑顔で手を振る服屋のおばちゃんに試してみます。
とぅん!むぁん!
に行きたいんですけど
お茶飲む?
フリーフリー!
まずはお座りなさい!
旅人ならば婦人服店を営むおばちゃんとお茶するのも悪くないと思いましたが、てるてるとの約束の時間まであと30分。
1分1秒無駄にできない状況なのでその場を去りました。
彼女とのボディランゲージでの会話で手に入れた手がかりは「ここは東門じゃない」ということのみ。
おばちゃん!
次に道を聞いたのは英語も日本語もまったく通じない営業マン風の男性。
あ~あうあう
お忙しい中申し訳ないので立ち去ろうとすると「地図見せて」といった感じのジェスチャーをする営業マン。
地面に膝をつき、胸ポケットから赤ペンを取り出していろいろと記入しています。
時間はありませんが、真剣に作業を続ける彼を止めるわけにはいきません。
自信たっぷりといったところでしょうか、まるで女子のPCのエラーを解決してあげたオタク男子のような表情でいろいろと記入された地図を渡してくれました。
なんとそこには彼オススメの飲食店やホテルに丸がついていたのです!
私の肩をポンポンと軽く叩いて親指を立てた営業マンはウインクをして去っていきました。
しかし手がかりがありました。
現在地と思わしき箇所に星のマークがついており、先ほどまでいた健康ランドに丸がついていたのです。
あいつもスケベ施設の常連か!
彼のおかげで距離感を掴んだ私は迷いなく歩き続けます。
てるてる夫妻との約束の時間まであと10分。
そうだ!
ここは台湾!
漢字が通じるかもしれない!
ハッとひらめき、iPhoneのメモ帳に「求 道 東門駅」と書いて、カップルだと思われる20代の若者2人に聞いてみました。
イエスアイドゥ!
Come this way!
なんと彼らは英語が話せたのです!
しかも一緒に駅まで歩いてくれるとのこと!
ふたりとも初対面とは思えないほど協力的で、さらに彼氏の方は私の大きい荷物を持ってくれたのです。
この日は雲ひとつない快晴で、気温は30度を超えています。
私のグレーのTシャツにはショルダーストラップ型に汗染みがびっしり浮かび上がるほどの猛暑です。
3人で5分ほど歩いてところ、私の大きなバックパックを持つ彼は機嫌が悪そうに台湾語でぶつぶつ呟きはじめました。
「怪しい外国人を助ける優しい自分を彼女に見せたい」
「バックパックなんか余裕で背負えるマッチョなところを見せたい」
彼のそんな気持ちが丸見えだったのはいうまでもありませんが、さすがに重すぎたのでしょう。
「めちゃめちゃ後悔してる」と彼女に言っているのかもしれません。
道中で私がなにか面白い話でもしてあげれば彼らを楽しませることができたはずですが、私が話せる新鮮なエピソードといえば、昨夜泊まった健康ランドのいかがわしい光景くらいです。
この国で普通にあり得ることを珍しいからと笑い飛ばすのは失礼に値するし、初々しいカップルに披露するには相応しくないトピックなのです。
やっぱり自分で持ちますよ
そういうと彼は「その言葉待ってました」と言わんばかりのスピードで私のバックパックを地面に下ろしました。
はぁ!はぁ!
あの黄色と赤の線見えるでしよ?
あれが東門だから!
ふん!
そう言うと彼らはすぐに踵を返し、来た道を戻りました。
ごめんなさいね⁉︎
でもありがとう‼︎
キミたちの優しさ受け取りましたよ!
優しい雰囲気
[13:30]
スムーズには進みませんでしたが、優しい台湾人のおかげでついに「東門駅」に到着しました。
大遅刻です。
地下鉄の駅の入り口に到着しましたがてるてる夫妻の姿は見当たりません。
30分も遅刻しているしそもそも連絡も取り合っていなかったので、きっといないんだろうなと諦めました。
約1時間半汗だくで歩き続けましたが後悔はありません。
道中での台湾人との触れ合いはどこか新鮮なものを感じていて、バックパッカーとして初心者の私にとっては貴重な体験に思えていたのです。
とその時!
シンがいたー!
このセクシーボイス!
テルミさんの声じゃありませんか!?
振り返るとを地下鉄の入り口前で手を振るてるてる夫妻。
私は嬉しさと申し訳なさで、20kgを身につけている人間とは思えないほどのダッシュを見せます。
そして遅れたことと連絡できなかったことを謝りました。
シンは絶対来ると思ってたぜ?
さあご飯に行こうじゃないか
シンは小籠包好きかな?
そしてふたりのことも小籠包くらい好きです!
ふたりの何事もなかったかのような笑顔。
そしてフィリピンで知り合った人と台湾で再会するという不思議で奇跡的な体験に私は感動してしまいました。
すぐ近くに尋常ではないほどの煙が漏れてる店がありました。
外から見ると焼き鳥屋ような店でしたが、中に入るとそこは「テーブルに布かかってる系」のちゃんとした店でした。
高い店かも…!
貧乏バックパッカーの私に相応しくない高級店を目にして緊張が走ります。
それ最高にカッコいいぜ
ここは俺たちが払うから心配するなよ
『旅人』に再会できたこっちのほうが嬉しいんだから
ふたりが台湾で生活をはじめて最初に見つけたという彼らお気に入りのレストランです。
卵スープ、甘ダレのかかったボイルチキン、ジャージャー麺。
特に美味しかったのはやはりテルミさんおすすめの熱い小籠包でした。
「湯」「茹で」「茹で「蒸し」
おまかせで注文してもらい、出てきたものはすべてが飛び上がるほど美味しくて、逆にこれまでどれだけまずいもので食い繋いでいたんだと笑ってしまいました。
シンこれ美味しいでしょ?
バギオの学食はほんとにまずかったよね
テルオなんか慣れるまでお菓子しか食べてなかったんだから
子供が食べるようなチョコばっかり食べてたのよ
ダンディの裏に可愛さまで潜めている男、ダンディ・テルオ。
語学学校の私の同期である、最初から優秀だったおかめちゃんでさえ獲得できなかった『Advance』というランクをてるてる夫妻は得ていました。
その勢いのまま今度は中国語留学のために台湾にきているのです。
彼らは33歳。
優しくて賢くてカッコよくて、さらには可愛さもちらりと見せるてるてる夫妻。
7年後彼らのようないつまでも学ぶことを忘れない立派な大人に私はなれそうもありません。
[16:00]
ほんとにありがとうございます!
わざわざ来てくれてありがとうシン!
ふふふ
ご馳走してくれたふたりに感謝の旨を告げ、再びバックパックを背負って私は歩き出しました。
台湾に入国してまだ20時間しか経っていませんが、すでに多くの優しさを人々からもらっています。
てるてる夫妻は日本人ですが、この国中に広がっている「優しい雰囲気」を私は異常に気に入ってしまいました。
いつかどこかで聞かれるであろう「いままで行った国でどこがいちばん良かった?」という質問に、私は迷いなく台湾と答えるでしょう。