Philippines

第23話 セブシティで猛ダッシュ

[23:00]

またもや深夜の到着です。

次こそは空港で寝て、台北やアンヘレスのように夜の街をさまようことだけは避けたいところです。

1泊ぶんの宿代を浮かすメリットもあるため重要なことなのですが、結局私は外に出てしまいました。

ダウンタウンへ

セブ空港は先ほどまでいたクラーク空港とは違い、建物内への出入が自由にできるようです。

そのためエアコンを求めてか地元民らしき人々が大量に地面に転がっています。

中には布団を持ち込んで生活しているように見える家族もいて、空港内は悪臭極まりないのでたまらず外に出てしまいました。

シン
シン
安いホテルでお願いします!
タクシー代も安めでお願いします!
タクシー
タクシー
OK!まかせろ!

心身ともに疲れ果てている私はタクシーを捕まえて『一気に言いきっちゃう作戦』を決行しました。

タクシー
タクシー
ダウンタウンだけどいいとこ知ってるんだ
そこでいい?
シン
シン
はい!
なにも知らないのでそこでお願いします!

気さくなドライバーとはものの数分で冗談を言い合えるほど仲良くなっています。

タクシーはギラギラした繁華街へ入りました。

なんともガラの悪い感じがする街並に緊張が走りますが、連れて行ってもらったホテルに私は感動しました。

これまでとは比べものにならないほど綺麗なホテルなのに、12時間のHotel Sogoより200ペソ安い600ペソ(1400円)だったのです。

シン
シン
ほんとに⁉︎
タクシー
タクシー
ああほんとさ
客が日本人だと値段を高く言うやつもいるんだけど、おれはあんたを気に入ったからフロントのやつに「日本人だけど正規の値段で通りしてやれ」って言っといたよ
シン
シン
ええええええ!?
あなたフィリピンイチのドライバーですよ!
ありがとうございます!

タクシー
タクシー
いいってことよ!

タクシー代も安かったので気分良くチップを渡してホテルにチェックイン。

ホテルの人
ホテルの人
らっしゃい!
シン
シン
とりあえず1泊

この2日間なにもかもがうまくいかなかった私は、ここまでスムーズに動けたことが嬉しくて興奮しました。

そして興奮したついでにビールを買いに行ったら地獄を見ました。

ドミニク

ホテルの人
ホテルの人
出て右、歩いて100メートルかな
すぐそこなんだけど、この時間は外に出ないほうがいいと思うよ?
シン
シン
ん〜100メートルなら大丈夫ですよね?
ホテルの人
ホテルの人
さあ?
シン
シン
行きます

まず私が泊まった場所は誰が見てもそう思うほど危険なエリア。

人はぼちぼち歩いていますがなんとも危なそうな雰囲気です。

アンヘレスを脱出できたことがとにかく嬉しかった私は、ビールでも飲んでこの日を楽しいものにして終わらせようと考えていました。

ホテルスタッフの忠告がありましたが「100メートルでなにが起こるというんだ?」と、意気揚々と外に出たのです。

するとすぐに太ったおばちゃんに話しかけられ、そのうしろから明らかに性を商売にして生計を立ているフィリピン女子5名がゾロゾロと現れました。

シン
シン
これはいかん!逃げねば!

そう思ったのもつかの間、合計7人に囲まれます。

シン
シン
ん?7人?
ひとり多いな…
シン
シン
うわ!!あんたは何者だ⁉︎

なんとそのフィリピン女子達のすぐうしろに『ワイルドスピードのドミニク』フィリピン版のような大男がニヤニヤとこっちを見ていたのです!

しかも右目が潰れていて、さらに「何と戦ったらそんな傷になるの?」と心配になるほどの傷が全身にあるヤバすぎる男。

ドミニク
ドミニク
ヘイヘイどの子にするか決めたか?(ニヤニヤ)

なんとドミニクはこの6人の中から女の子を選べと私に言うのです!

ドミニク
ドミニク
この子は3000ペソ、こっち4000ペソ、お母さんは2000だ!
他にもいっぱいいるよ?
見たい?
シン
シン
おばちゃんも商品だったとは!

ああなるほど。

ドミニクがこの商売を仕切っているのかと理解しました。

普段ならキッパリとお断りできそうなものですが、ドミニクの恐ろしすぎる風貌と、雰囲気が最悪な深夜のセブのダウンタウンに私は完全に萎縮しています。

冷静になれるわけもありませんが、こんな深夜にトラブルを起こすわけにはいきません。

シン
シン
ビビビビールと…みみみ水を買いに来ただけなんですよね!
だ…だからお金ないっす!

『カツアゲされてるやつ』みたいな感じでなんとか突破しました。

しかしドミニクはニヤニヤしながらあとをついてきます。

シン
シン
ついてきてるなぁ…

そしてその長身からぐるっと私の肩に腕をまわされてしまい、逃れる状況ではありません。

ドミニク
ドミニク
へっへっへっじゃあ俺たちと一緒に飲もうぜ?

従わないと私もあのような傷を負わされて眼球を潰されるんじゃないかと思い、1杯だけ飲酒をともにすることになってしまいました。

ドミニクとふたりでコンビニに到着すると、入り口の前にはテーブルがあり彼の仲間たちが騒いでいます。

酔って大声を上げる女、堂々と大麻を吸うおじさん、そして今すぐにでもはじまってしまうのではないかと思うほど密着しておられる男女。

大声女
大声女
ファーック!!
大麻おじさん
大麻おじさん
スー…ハー…
ゲホッ

シン
シン
嘘だろ?
この中で宴会させられるのか?

恐怖に震えながらコンビニで水とビールを1本ずつ購入。

なぜかドミニクのビールもついでに買わされてしまいましたが、もちろん何も言えません。

24時。

席を空けてもらい座らされ、ついに乾杯です。

なぜかドミニクと4人の愉快な仲間達との世界一緊張する宴会がはじまってしまったのです。

ダッシュ

挨拶や自己紹介などなく、アンダーグラウンドな『モノ』の営業がはじまりました。

ドミニク
ドミニク
おいマリファナ買わないか?
へっへっへ
大声女
大声女
コークもあるよぉおお!!
大麻おじさん
大麻おじさん
マンゴーストリートのクラブに行くならエクスタシーもキメていけよ
やははははははははは!
シン
シン
いらないいらない!
お金ないから!
ドミニク
ドミニク
じゃあ金持ってこいよ
お前どこに泊まってる?

本当に泊まっているところを教えるのは絶対良くない!と瞬時に判断した私はホテルと逆の方向を指差しました。

シン
シン
あっちです…
ドミニク
ドミニク
んんー?
ジロジロ

急に黙って、真剣な顔で私を睨みつけるドミニク。

ドミニク
ドミニク
あっち側にホテルはねぇぞ?
へへへ

彼はゆっくりと低い声でそう言うと、私のもやしのような肩をグッと掴んでニタっと恐ろしい笑顔を作りました。

シン
シン
あわあわあわあわ

ドミニクはニタニタしながら紙巻大麻に火をつけて大きくひとくち吸って、大量の煙を吐きました。

そして私の肩から手を離すことなくそれを私に渡してきました。

シン
シン
(おいおいおい!うそだろ…⁉︎)
ドミニク
ドミニク
おいこれ吸え
シン
シン
ノーノー…
いらないっす

ドミニク
ドミニク
吸え!!!!
シン
シン
ビクッ!

鎖骨を割られるかと思うほどの握力で私の肩を握るドミニク。

シン
シン
これ以上彼を興奮させるとヤバいのかなぁ…

私は言われるがままひとくち吸って煙を吐きました。

シン
シン
ぶはっ‼︎
ゲホッゲホッゲホッ‼︎

ドミニク
ドミニク
おいおいおい‼︎
こいつマリファナ吸ったぞ‼︎
へへへへへ!
大声女
大声女
死刑だ死刑だ!だはははははは!

私は何を喋りどう動けば正解なのか分からなくなり硬直してしまいました。

咳が止まらず頭に血が上り、しばらくうまく思考できないでいます。

ドミニクは私以外のメンバーともペラペラ喋っていますが現地語なので私にはまったく理解できません。

おいこの日本人どうする?
ボコボコにして金持ってこさせる?
やめとけやめとけ
金無さそうだよそいつ
じゃあボコボコにしてジンベイザメのエサにでもするか?

とでも話しているように感じました。

たいしたことではない。
ただふざけているだけなのかもしれない。
私を気に入ってくれてお友達になろうとしているのかもしれない。

しかしサメのエサになる可能性もなきにしもあらず!

シン
シン
(逃げるしかねぇ!!)

頭がぼーっとしてきます。

ドミニク
ドミニク
おいお前!
さっきのタダじゃねえからな?
シン
シン
はいはい
分かってますよ

私はビールを飲み干し、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩きながらその瓶をコンビニのゴミ箱に捨てて、ドミニク達が座っているのを確認した瞬間……

ダッシュです!

シン
シン
うおぉぉぉぉー!

ビーサンで!
ホテルの逆方向へ!
運動音痴のこの私が!
どこに向かってるのかも分からないけれどダッシュです!

ドミニク
ドミニク
ヘイ!!待てよ!!
大声女
大声女
Fuck!!

するとそれに気付いたドミニクと大声をあげていた女の2人が!

ダッシュです!

私を追いかけて!
もの凄い形相で!
ダッシュです!

シン
シン
やべぇ!やべぇ!
なんで私に執着する⁉︎
セブ島!怖すぎるだろ〜‼︎

なんでこんなことになったんだ⁉︎

そうだホテルの水が30ペソだったから10ペソで買える店の水を買いに出たんだ!

20ペソ(40円)をケチってこんなことに⁉︎

アホすぎる!アホすぎる!

クソぉぉぉ!!

クソ…!

………


先ほど吸わされた大麻の影響か、時間と距離感が分からなくなっていました。

シン
シン
はぁはぁ
はぁはぁ

こんなに走ったのはいつぶりだ、高校の時か、いや剣道部は走らない、体育の授業はだいたいサボった、なんであんな高校行ったんだっけ、生活指導のやつにビンタされたな、今だとあんなの体罰で逮捕だな、そういや逮捕された教師いたな、中学だ、中3の、あれ何組だったっけ、そうだ2組のなおちゃんオナラの音をかき消すために急に大声で「シン‼︎」て呼んで、それで力んで時間差でデカいオナラしてしまってしばらくへこんでたっけ………

…オナラ?

…なんで走ってんだっけ?

シン
シン
…はっ!

私はうしろを振り返りました。
遠くにドミニクと女の姿が見えます。

シン
シン
はぁはぁ…
あいつら…!!
めっちゃ足遅い!?

どうやら彼らは私に追い付くことができなくなるほど酔っていたようです。

念のためにそこから100mほど軽く走ったあと、一本となりの路地に入りそのまま抜けるとそこは大通りでした。

街灯が明るく、多くの店が開いていて人もたくさんいました。

ふたりを撒いて遠回りをして私はなんとかホテルまで帰ることができたのです。

シン
シン
はぁはぁ
ホテルの人
ホテルの人
え?どうしたの?
シン
シン
いやぁ…あの…
水ください…3本…

良いホテルなので連泊を考えていましたが、またドミニク達に会うのも嫌なので諦めることにしました。

シン
シン
明日また宿探すか…

また、せっかく安く買った水をドミニクのテーブルに置き忘れてきたのですが、それも諦めることにしました。