ここは成田空港。
フィリピンの首都であるマニラへ向かう便のチェックイン待ちです。
緑色の大きなバックパックと青いサブバッグを身につけた私は、多くの外国人や日本人旅行者とともにその列に並んでいます。
生まれてはじめての海外へこれから出発するのです。
本来ならば興奮の裏に不安と恐怖を感じ、加えて「絶対に何かを成し遂げてやる!」といった闘争心が混ざった複雑な気持ちでこの時間を過ごていたはずでしょう。
しかし実際にはまったくそんなことはなく、私はむしろ落ち着き払っています。
出発を目の前にしていくつもの問題にぶち当たっていた私は、出発までになんとかそのすべてをクリアしてホッとしていたのです。
金!金!金!
[2013年4月]
出発を5月ごろに設定し、すぐさま準備に取り掛かりました。
まずは残高の確認。
直近2年間はアルバイト生活をしていましたが、その前の飲食店時代(正社員)の3倍ほどの給料をもらっていたため、お金のことを気にすることはありませんでした。
そのアルバイトのおかげで20歳の時にマルチ商法に引っ掛かった時の借金も完済し、なかなか良い生活をしていたのです。
しかし年収が200万にも全然届いていなかった家賃4万円男が、急に年間500万ほどもらえるようになるとどうなるかはお分かりのことでしょう。
恐ろしいほどの浪費者と変貌を遂げていた私は、いくら使ったのか、いくら残っているのかなど気にせずに金をばら撒いていたのです。
そしてバックパッカーの準備にも金を使うこととなります。
「高いバックパック」
50,000円!
「イケてるカメラ」
100,000円!
「登山しないけどトラッキングブーツ」
30,000円!
「MacBookAir」
130,000円!
その他衣類や細々とした旅グッズにも惜しみなく金を使ってしまいました。
さらに残りの税金を一気に支払って出国前にきれいな身となりました。
しかし以前より稼いでいたとはいえ短期間でお金を使いすぎています。
さすがに心配になり、一応の把握のために銀行の残高を調べたのですが、私は驚愕してしまいました。
320万じゃなくて⁉︎
なんということでしょう!
私の口座には、全然お金が残っていなかったのです!
どんな生き方をすればここまでだらしない人間になるのでしょうか!
ギャンブルはやったことないし、風俗になんて行ったこともありません。
他にお金のかかる趣味も特にありません。
お金の使い方を知らない私は、シンプルな日々の浪費により貯金を作れていなかったのです。
さらに恐ろしいのはここから。
私は車を1台所有していて、そのローンがまだまだ終わっていないような気がしてならないのです。
そのへんもまったく把握していなかった私は、震えながらマツダクレジットへ電話をかけました。
え〜…まけてくれませんか?
長い付き合いじゃありませんか!
私たちの仲でしょ!
ねっ?
まとめて支払わせていただきます!
全ての支払いを終わらせてスッキリしたこの私。
同時に銀行の残高もかなりスッキリしたようで、残りは2万円ほどとなり絶望の淵へ立たされることとなりました。
2万円じゃ博多にも行けんばい…
しかし!
私は勇敢なる冒険者・バックパッカーである!
金がないなら働かんかい!
すでに旅ははじまっている!
以前までの私であればこんなに苦しい問題は簡単に諦めていたはずなのですが、なぜか海外への夢は諦めることができずに急遽地獄の労働を開始!
金金金ぇぇ〜!!
カネじゃ〜!!
うおぉぉ!!
バイトの時間をMAXまで増やしてもらい、自販機に缶ジュースを補充するバイトを掛け持ち、バンドで使っていた楽器や機材を売れるだけ売って、なんとか70万円ほどの貯金を作ることができたのです。
『金欠』という根本的すぎる問題解決のために、5月に見据えていた出発を2ヶ月遅らせて7月の出発となりました。
財布を落としたのでバックパッカーになるのは諦めます
バックパッカーを志すちょっと前、夢のデパート『新宿伊勢丹』にて私は26歳にして生まれてはじめてお財布を購入しました。
それまではポケットに裸銭、またはジップロック的なものを使用していました。
もはや原始人といえるほどのワイルドライフ、シンプルにいえばめっちゃアホなのです。
しかし20代も後半に差し掛かかった時に、どうも人様の『目』が気になるようになってしまったので意を決して財布を手に入れました。
そんな言わば『財布赤ちゃん』である私に、大きなミッションが課されました。
出発前に作っときなね!
海外の話を聞くために大葉さんを訪ねた日に、彼は声を大にしてそう言うのです。
大葉さんいわく、どうやらクレジットカードとやらを持っていないと海外生活ができないとのこと。
数年前まで借金があった非正規労働者のロックンローラーが、クレジットカードの審査を突破できるわけがありません。
案の定いくつもの審査に敗れることとなりました。
まるで『原始人の財布赤ちゃんのアホ』だということが最初からバレているかのようなスピードで審査に落ち続ける毎日。
どっかで私を見てますか?
そして苦労の末なんとか『審査激ゆる』でおなじみの楽天カードだけ作ることができました。
私は勇敢なる冒険者・バックパッカーであ〜る!
しかしそう調子づいたのは束の間!
財布という文明の利器を手にして間もないこの私!
なんと大切なカードが仕舞ってある財布を落としてしまったのです!
その頃にはすでに航空券を購入済みで、賃貸も引き払っており、出国間近という時。
カードの届け先が違うことから再発行は『保留』ということになり、結局一度も利用することのなかったクレジットカードとは訣別となってしまったのです。
落胆した私は師である大葉さんに電話をかけました。
あれでだいたい行けるよ
審査ないし
最初っからそれ教えんかい!!
めんどくせぇ
成田発マニラ行きの便を購入しました。
航空券を買ったことで急に日本を出るという実感が湧いてきます。
しかし今回の金欠問題により、私のバックパッカーとしてのおおまかな予定は『残金』に委ねられることになりました。
本当は自由気ままな長期旅に憧れていたのですが、残高たったの70万円ではゆっくりしていられないのです。
そこで私はワーキングホリデービザを取得し、お金がなくなり次第、帰国せずに海外で働くことにしました。
『ワーキングホリデー』通称ワーホリ。
これは1年間限定ではありますが、就労と留学を許可してもらえる夢のようなビザです。
オーストラリア、イギリス、カナダのほか多くの国が実施しています。
というわけで「ニューヨークに近いから」という安易な理由だけで私はカナダのビザを取ることに決めました。
しかしここで問題発生!
留学エージェントがご丁寧に紹介している『カナダのワーホリビザの取得方法』をなぞり、不備なく書類を提出したのですが、予想される期間30日を過ぎても全工程を終えることができなかったのです。
ビザ発行のメールがいつまでたっても届きません。
私のような社会不適合者にとって、金銭的問題やカードの審査などの問題は人一倍精神にくるのです。
バックパッカーとしてまだ仮免のこの私!
出国前に精神は崩壊!
なんでビザ届かないんだよ!
ピザでもすぐ届くっつーの!
もうキレた!
この私!キレまくり!
よし…!電話電話!
…え〜っと?
どこに電話をかけるのかな?
……カナダかな?
結局2ヶ月以上経ってからビザは届いたので、結果として問題はありませんでした。
しかしその時はもうすでに出国1週間前。
ギリギリまでモヤモヤさせられてしまったのです。
モヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤくらいですよ!
他にも出発直前に多くの壁が私の前に立ちはだかり、ゆく手を阻まれました。
人間関係のいやなトラブル。
賃貸退去時の敷金返金の問題。
せっかく買った旅アイテムが重すぎて半分以上がお蔵入りになり、ヤフオクで売ったこと。
旅用の衣類をまとめて大きなビニール袋に入れいていたら、ゴミと間違えて燃えるゴミと一緒に捨ててしまったこと。
人妻だと知らずに付き合っていた女性の旦那(マッチョ)に家庭訪問されたこと。
当時爆発的に流行したソーシャルゲームに20万円課金してしまったのもこの時期ですし、そのせいでバイト中に社員からソバット(回転蹴り)をくらって社内で揉めたのも記憶に新しい。
全部がめんどくせぇです!
なんとかすべてクリアしたものの、人生そのものの難易度の高さに絶望の毎日でした。
あたかも『不運による災難』のように悲観していましたが、すべての原因はこの私。
だらしない人間だとは知っていましたが、まさかここまでとは自分でも驚く次第です。
2013年7月5日。
記念すべき1カ国目へ向かう便のチェックインの列の中で、私は『帰国』に似た安堵を感じていました。
『帰国』
したことないのに。