Philippines

第3話 マニラ・ニノイ・アキノ

最初の試練

私の英語力は中学レベルです。

1ヶ国目にフィリピンを選んだのは格安の英語学校に行って英語力を上げるためでした。

1ヶ月65,000円ほどで週5日の授業料と宿代が含まれています。

さらに日曜以外の6日間は3食出るとのこと。

シン
シン
はい!この私!
一生そこに住みますよ!

日本でその情報を発見した時に勢いでそう言いかけてしまったほどに格安なのです。

シン
シン
英語を話せるようになったら外国人と平気でおしゃべりしたりするのかな
そんなのカッコよすぎますな

3列シートの真ん中の席に座って離陸を待ちながら成長後の自分を想像していました。

左の窓側の席に座っているのはフィリピン人のマダム。

「ハロー!」なんて言ってみたいところではありますが、いくら相手が外国人とはいえ常識的に考えてそんなのは異常行動なので、ぐっとその衝動を抑えます。

そんなことよりも私の右サイド。

それはそれはとんでもないニオイの持ち主だったのです!

お口からはトイレの芳香!

体からは豚骨ラーメンのフレーバー!

シン
シン
普段うんこでもお召し上がりですか?

しかもその息くさおじさんはひとりなのによく喋ります。

息くさおじさん
息くさおじさん
ふ〜やっと座れたよ
はぁ〜この席狭いなぁ〜
はぁ〜
ねえ?狭いよね?

シン
シン
ええそうですね…

くさい!
くさすぎますぞ!

とくに「ふ〜」や「は〜」が気になります!

フィリピンが日本よりも汚くて不衛生な環境であることは知っているし、もちろんこれからそこで生活を始める覚悟もあります。

しかしこれから5時間もの間この悪臭に耐えなければならないのか⁉︎

シン
シン
おじさんの息くらい耐えれないでどうする!
私は強き旅人!
その名もバックパッカーであるぞ!

旅の最初の試練だと言い聞かせ、おじさんを傷つけないようにさりげなく鼻をつまむなどして悪臭を凌ぎます。

念の為にエチケット袋の位置を確認していたところ、左のフィリピンマダムのアツい視線を感じました。

チラッと隣に目をやると…

シン
シン
いやいや私じゃないですよ!
ほんとに!


離陸後しばらくすると入国カードというものが配られましたが、初海外の私はそれをどうすればいいのかが分かりません。

近くにいる唯一の日本人である息くさおじさんに聞いてみることにしました。

シン
シン
すんません
これって書かなきゃいけないんですか?
息くさおじさん
息くさおじさん
ほほ〜う
どうやらキミははじめての海外とみた
ふふふそうだろ?
ははははは
シン
シン
そうです…
(は行を少なめにお願いします)
息くさおじさん
息くさおじさん
この入国カードはだいたい機内で配られるんだけど、先に記入しておくと入国審査の列にはやく並べるからボールペンを持ち込んでおくといいんだよ
シン
シン
な…なるほど!
(話せば話すほどくさい!)

マダムからペンを借り、息くさおじさんに教えてもらいながら一緒に記入を終えました。

息くさおじさん
息くさおじさん
そっか英語学校に行くんだね
頑張ってね
シン
シン
ありがとうございます!
そちらは何をしにフィリピンへ?
息くさおじさん
息くさおじさん
ぼくはね〜ふふふ
秘密だよ♡
どぅっふふふふふ♡
しょっちゅう来てるから

しょっちゅうだと?

激安風俗を求めてこっそりアジアへ旅立つ人がいるのはよく聞く話。

このお方、フィリピンスケベ旅行で間違いありません。


5時間のフライトを終え、無事マニラ・ニノイ・アキノ空港に到着。

荷物を頭上の棚から回収するのに手こずっているおじさんに感謝しながら席でお別れしました。

その後、飛行機から空港内へ接続された通路の中でうしろにいた先ほどのマダムから片言の日本語で話しかけられました。

マダム
マダム
メッチャクサカタネ!
シン
シン
ああ…はい

知らない人を捕まえてまで共有したくさせるほどの悪臭。

恐るべきそのニオイを私は再びイミグレーションで感じとります。

シン
シン
ムムム⁉︎
このニオイ!
まさか⁉︎
息くさおじさん
息くさおじさん
キミ!言うのを忘れてたよ!
ビザの変更は学校に到着してからやるんでしょ?
だから今のステータスは『観光ビザ』てことになるんだ

どれくらい在学するのか知らないけどさ、観光ビザは21日間までしか認められていないから、入国審査で「ハウメニーデイズ」って聞かれたらとりあえず10日くらいって言っといたほうがスムーズかもね!
それじゃあフィリピン楽しんでね!

シン
シン
え!?そうなんですか!
ありがとうございます!
おじさんも楽しんでください!

まるで居酒屋の常連客がトイレの場所を説明しているかのような慣れ様に感服する私。

ニオイを司るスケベ・息くさおじさんがいなければ今の私はないと言っても過言ではありません。

シン
シン
はあ〜あの席でよかったな〜

同期の男

私の真新しいパスポートに外国のスタンプがはじめて押されました。

空港の外に出るとテレビやネットでしか見たことがなかった、アジアの空港あるある『大量の人々』に感動しました。

日本の空港では保安検査場の手前までは誰でも出入りできるのですが、フィリピンの空港は建物の入り口からパスポートと航空券のチェックがあります。

シン
シン
おまわりさんライフル持ってる!
こっわ〜!

そのため空港を利用しない者は、出口のすぐ外にうじゃうじゃと群れることになるのです。

シン
シン
あなた達の目的はなに?


英語学校の申し込みをした時に初日の流れの説明を受けていました。

学校の日本人スタッフが迎えに来るとのことで、空港の駐車場で落ち合うという約束です。

子供が多いので一応スリに気をつけながらものすごい量の人々をかき分けて駐車場のほうへ向かいます。

するとすぐに見つかりました。

ひとりだけ圧倒的に色の白い男がもみくちゃになりながらプラカード的な物を持って立っています。

それはもうハードコアバンドのライブさながら、なぜ人々はなんでもない空港の外であれだけ盛り上がれるのか不思議でなりませんが、顔色ひとつ変えないイロジロに敬意を表します。

イロジロ
イロジロ
お疲れ様でした
シン
シン
いえいえ、むしろそちらのほうがお疲れでしょう

イロジロに連れられボロボロのハイエースのようなバンに乗せられます。

どうやらもうひとり同じ便で日本人が来ているらしく、しばらく待つことになりました。

イロジロ
イロジロ
その人はシンさんと同期ということになりますね
シン
シン
へ〜たのしみですなぁ
ところで車内が暑いので外にいていいですか?

灼熱の地・マニラでエアコンの効いていない車の中にじっとしていられるわけもなく、外でその同期の人間を待ちます。

待ち続けること1時間。

同じ便なのになぜこんなに待つのか不思議でなりません。

そしてついにその「もうひとり」が大量の荷物とともに現れました。

トミオ
トミオ
はっはっはっは!
ハローハロー!
アイムトミオ!
ハワユー!
がははははは!

こ…こいつは⁉︎


出国前の成田空港でチェックインの列に並んでいたところ、上下真っ白の衣類をまとった60代のおっさんが割り込んできました。

スーツケースふたつにボストンバッグとバックパックという大荷物の彼は、私と私の前にいた人の絶妙なスペースを狙ってぬるりと入り込んできたのです。

シン
シン
ちょっ!えっ…?
ちょいちょいちょい!

「なに割り込んでんすか!」という空気を醸し出したにもかかわらず、まったく悪びれることのないその見事なポジション取り。

もちろん私のうしろにも大勢の人が並んでいます。

つまり暗黙の了解で「ここはチェックイン待ちの列」という認識があって並んでいるわけで「なんであいつ譲ってんだよ!」と半ば共犯のように思われていたに違いありません。

シン
シン
こんな大人にはなりたくないですな

と思っていたおっさんが私の留学先の同期だったのです。


こんなのとか!

こんなのがよかったのに!!

まさか割り込みジジイのトミオだったとは!


トミオ
トミオ
待たせてごめんねぇ!
ごめんねごめんねぇ!
はっはっは!
そこで焼き鳥売ってたから美味そうで食ってたんだよ!
がははははは!
ソーリーソーリー!
ヒゲソーリー!違うか!
がははははは!
シン
シン
同期がこれじゃあ楽しくねえよ!
イロジロ
イロジロ
シンさんどうかされましたか?
さあ行きましょう

我々を待たせていた1時間の間、おそらく食事以外にも買い物も楽しんできたのであろうトミオ。

腰が痛いと主張する彼のかわりにみんなでその大量の荷物をバンに乗せます。

海外初日からなんだかがっかりしてしまった私。
顔色ひとつ変えず業務を淡々とこなすイロジロ。
なんのために語学留学に来ているのかわからないトミオ。
そしてマッチョのフィリピン人運転手の合計4人でバギオという町へ向けて出発しました。