コイガタキ
彼女は英語を真剣に学びにきてるんだ!
あんまり近付くんじゃない!
そう言うのはやたらと声が高い男、私の同期であるハイトーンボイスのデブ。
デブさんが言っている『彼女』とは同じく同期の韓国人アンのことです。
入学してから数日が経ち同期のメンバーやほかの生徒たちとも親しくなってきたころに、アンの態度に変化が現れました。
もう!どこにいたの⁉︎
授業内容は忘れましたね
アホですから
忘れたならあたしが英語教えてあげる!
ねぇエヴリンとあたしどっちが可愛い⁉︎
ど…どちらも美しいと思いますが…
プリティって言ったね!?
『あたしのこと』プリティって言ったよね!?
ムギュ〜!!
日本人の私としては理解できない距離感!
『あざとい』などの言葉では済まされない完全密着に私は困っているのです!
シンがまたしゃべってる!
コラーッ!
アンもやめなさい!
デブさん!
あんたアンのことが好きなのバレバレですぞ!
デブは私とアンが喋っているのがどうも気に食わないご様子で、休み時間や放課後になると一定の距離から常に監視しているのです。
こっちに聞こえてるぞ!
エヴリンという先生の授業を受けている時、となりの部屋にいたキノコがわざわざ私のもとへやってきました。
おもしろ〜い!
シンの話好きだよ!
バカだね〜シンは!
バカなシンが好きなの!
見つかったんかい!
車に踏まれた跡があるわね!
もう無理!ほんと大好き!
サムライの心を持つ純日本人の私には刺激が強すぎますぞ
なんで?可愛いねシン!
このくらいのことでいつも爆笑してくれるエヴリン。
英語を使って外国人を笑わせられたことに快感を覚えてしまった私は、テキストを進めることなくエピソードトークを繰り広げていました。
マンツーマンクラスの部屋は一畳ほどの超小部屋で行われるため、大きな声を出すと隣に聞こえてしまいます。
そのエヴリンの笑い声を聞きつけたキノコが自分の授業をそっちのけで、私に注意しにきたのです。
先生にご迷惑だろう?
もうやめるから
うるさかった?
さあ自分の部屋に戻って!
ずいぶんと楽しそうじゃないかエヴリン!
シンのなにがいいんだ⁉︎
あなたいまティーチャー・リリーのクラスでしょ?
彼女が待ってるわよ
なにしとんじゃコラ!
戻らんかい!
普段はルームメイトとして仲良くしている私とキノコ。
買い物に行くといつも私のぶんの水を買ってきてくれたり、しょっしゅうiPhoneの充電が切れている私にモバイルバッテリーを貸してくれたりと、私を家族のように扱ってくれています。
しかしエブリンのこととなると話は別で、まるで『恋敵』のように間に入ろうとしてくるのです。
キノコくん!
あんたエヴリン先生のことが好きなのバレバレですぞ!
コイガタキ?
おっぱい
デブとキノコ。
同期の韓国人の男たちはやたらと私に突っかかってくるようになりました。
その原因はアンとエヴリンです。
アンは20歳という若さですでに英語ペラペラ、美意識も高く自尊心の塊のような女の子です。
またバギオのあとにアメリカへ留学するとのこと。
おそらく韓国の裕福な家庭で育ったのであろうことは、栄養満点の食事を繰り返してきたようなワガママボディからも推測できます。
エヴリンは奇抜な見た目ながら、誰からも好かれるような愛嬌のある23歳のバギオ女子。
バギオの20代女性のアルバイト先としてこういった外国資本の語学学校は人気なようで、彼女のほかにも何十人もの女性が勤務しています。
その中でもエヴリンはひときわ目立つ存在で、男子生徒からの人気は間違いなくトップ3に入ることでしょう。
しかしどうもおかしい。
『恋敵』とはお互い共通の目的があって成立するはずなのです。
私はアンやエヴリンに好意を持っているわけではなく、むしろあちらが…
ひひひひひ
アンちゃんシンくんのこと好きなんだよきっと
エヴリンもだね
わたし、見てたら分かるもん
いひひひひ
こちらはみすぼらしいガリガリロン毛ですよ?
私の一週前から在籍中の日本人さっちゃんが、急に「おっぱい」などと卑猥な言葉を放ちました。
私と同い年の26歳の彼女はアンやエヴリン、そしてデブやキノコなどの私まわりの人間たちを観察していたようです。
だってふたりのおっぱい見てるし
なんか楽しそう
どうだったかなぁ〜…
わたし知ってるよ
チラチラ見てる
なんということでしょう!
バックパッカー紳士であるこの私が!
ご婦人たちのお胸をチラリと見ていたことが、さっちゃんにバレていたのです!
男の子だもんね
そう!しょうがないのです!
アンはいつもくっついてくるし、エヴリンの授業は集中できないのです!
『バインバイン』なのです!
わたしおっぱい小さいから
決しておっぱいがすべてではないよ!
私は派手な性格のあの娘たちよりも、さっちゃんみたいに落ち着いた…
ひひひひひ
彼らの性格
しかし仮に私がアンやエヴリンのおっぱいを見ていたとしても、それが「好き」に直結するとは限りません。
だから好きなんじゃない?
なんというかオートなんですよ
そういうものなんだ!
私なりに男という生き物の習性を説明すると、どうやらさっちゃんは納得してくれたようです。
そこへキノコがなにやら神妙な面持ちでやってきました。
エヴリンのことどう思っている?
さっちゃんが隣にいるのに、彼は気にする様子もなく話を続けます。
だから明るいところだって
あといつもオシャレな格好をしているよね
まるで喧嘩でもはじめるかのような顔つきを見せるキノコ。
分からないのか!?
ゲットしたいのかどうかを聞いている!
まわりくどいなお前ら日本人は!
早く答えろ!
彼ら韓国人の特徴は感情に真っ直ぐで、議論が好きなこと。
何でもなあなあに終わらせて、解決と未解決の間をぼんやりとさせて生きてきた私にとって苦しい時間です。
しかしここはぼんやりさせる場ではない!
まだ1ヶ月以上この男と同じ部屋で生活するのに、この段階で気まずくなるのだけはハッキリいってきつい!
いまここで彼女を作るつもりはない!
過酷な旅へ彼女を連れてゆくわけにはいかんだろう?キノコくん!
だがそれは男の愚かな欲望による愚行であって恋愛とそれとは相容れないのだ!
しかしそれが男というものだ!
そうだろうキノコくん!
ひひひ!
応援するぞキノコくん!
嘘ではありません。
私は本心を述べたのです。
しばらく沈黙が続き、横でさっちゃんだけがクスクスと笑っています。
そんなのベストフレンドじゃん…
納得したキノコはなぜか涙ぐみながら私にハグを求め、私がよく飲んでいたフィリピンの甘いコーヒーを目の前に置いたあと、階段を一段飛ばしで駆け降りていきました。
山の天気のような激しい感情の移り変わりは彼らのキツイ性格を形成する大きな要素であり、逆に可愛らしいところでもあります。
デブちんもああやってシンくんのとこにくるのかな?
その後もエヴリンの私に対する態度はそれほど大きく変わることはありませんでした。
しかしキノコは「シン・オニイチャンくん!」と彼なりの親みを込めた謎の日本語で私を呼ぶほどになったので一件落着といって良いでしょう。
アンとデブに関しては少々問題が残ります。
あのデブさ、私たちのこといつも見てない?
儒教の教えが根強く残る韓国人は年齢の上下関係に異常に厳しいらしく、20歳のアンにとって28歳であるデブの威圧感はものすごいようです。
確かにいつもは声が高いだけでもじもじしているのに、たまにハイトーンボイスで歳下の韓国人を怒鳴っているのを私も見たことがあります。
ひひひひひ
アンもエヴリンもまだ若いから私のことが物珍しいんじゃないかな?
ロン毛だし、ロックンローラーだし
『ガリ勉』みたいな人ばっかりの中にシンくんみたいなバックパッカーがいると、どうしても気になっちゃうんだよ
いひひひひ
ほら、日本で学生のときって不良っぽい男の子がモテてたもん
それだよきっと
不良品といいますか…
わたしはシンくんのそういう変なとこが好きなの
いひひひひ
さっちゃん!
キャンパスライフとはここまで楽しいものだったのか。
高卒(実質中卒)であるこの私。
男女入れ混じる学園生活のようなものを経験していなかったため、このようなことに慣れていないのです。
頑張って大学に行けばよかったと、自分の生き様を悔やむ一件となりました。
結局アンもエヴリンも私にだけではなく他の仲の良い人たちにも同じようなスキンシップをとっていたため、我々日本人の思い違いでした。
そしてほぼ完全にアンのストーカーと化したデブや、花束を用意してエヴリンをデートに誘ったキノコも、のちのちそのことに気づくのでした。