暴走
[6:30]
Hundred Islands-ハンドレッドアイランドという場所へ向かっています。
バギオから車で3時間で着く人気の観光地です。
いつものようにメガネくんが企画し、いつものメンバーであるさっちゃん、ドンキくん、りょうちゃんも参加しています。
ほかにメガネくんが誘っていた4人を含めて合計9人。
1!
ゴぉ?
俺ぇ!何番すかぁ!?
分かれへんやん!
9人いるよ!
8人乗りのバンにぎゅうぎゅう詰めで運転手を含めた10人が乗っています。
ぐにゃぐにゃの山道を猛スピードで駆け降りるその運転に、フィリピン初日の恐ろしい移動を思い出す私。
あの時ははじめて見るアジアの空気に飲まれて気味の悪い雰囲気に恐怖を覚えましたが、今回の恐怖は種類が違います!
はははははは!
行くぜー‼︎
スピード上げすぎ!
死ぬ死ぬ死ぬ‼︎
そのスピードでカーブいける⁉︎
そんなに急いでないよぉ!
キミが20分遅刻したからでしょ
ドンキくん
時速90kmで穴ぼこに引っかかって車が中に浮いたり!
ガードレールのないカーブにそのまま入って遠心力で吹っ飛びそうになったり!
荒すぎる運転に恐怖しながらなんとか到着しました。
金髪ボーイが遅刻したからだぜ!
とドライバーは言いますが、ドンキくんが遅刻していなかったとしてもフィリピン人の運転は『異常』とも言えるほどの荒さです。
『オレンジ色の線を越えた』だけで捕まってしまうような日本の交通の観念がある我々は寿命が縮まる思いでした。
夕方にバーベキューを予定しているため、『SM』というずいぶんとハードコアな名前の大型スーパーにて買い出しをしました。
牛豚鳥全種いきましょう!
お酒お酒お酒
思い思いの品をカートに入れていきます。
メガネくんが言うあいつらとは学校の韓国人たちのことです。
飲みに行ったりビリヤードをするくらいなら楽しいのですが、今回のような大きめのイベントに彼らが混ざると必ず問題が起きるとのこと。
ビール飲みたいのにソジュっていう酒ばっか買うとか
バーベキューでサムギョプサル以外認めないとか
ほんと大変だったんだ
酔っ払って殴り合いするやついたし、そのあと泣きながら抱き合ってたし…
数ヶ月前に韓国人メンバーが企画するバーベキューに参加したメガネくんには苦い思い出があるようです。
『SM』での買い物が終わり、宿泊予定のコテージに到着して一旦ドライバーとはお別れです。
偉そうにチップを要求されましたが、運転の酷さにブチギレの我々は誰も渡しませんでした。
機嫌を損ねちゃうと迎えに来ないかもしんないよ
そしたら『一生』ここに住まなきゃだよ
ひひひ
さっちゃんだけがいくらかを渡していました。
いつも余裕のある大人なさっちゃんには頭が上がりません。
これなら一生住んでもいいかもしれない
真っ青な海の美しさと、ヤシの木が一帯に広がるまさに『南国』といった景色に私は感動してしまいました。
部屋割り
[10:30]
遅刻したくせに真っ先に服を脱ぎ浮き輪を装着しているドンキくん(20)をよそに、彼よりちょっとだけ大人なメンバーは食材を冷蔵庫に閉まったり、今夜寝る部屋の割り振りをしています。
コテージ内部は4つの寝室と広いリビングがあるシンプルな間取りです。
企画者のメガネくん(23)と私(26)とりょうちゃん(26)が指揮を取ります。
男たちは5人だから
ひとつの寝室にふたりずつかな?
男子はひとり余っちゃうね
それか1部屋だけ3人ですな
いずれにしてもジャンケンですな
この中では最年長のヒゲヅラ(33)が自らハズレ役を名乗り出ました。
語学学校の日本人スタッフとして今週のはじめに現れたこの謎多き男をメガネくんは誘っていたのです。
メガネくん
なんであの人誘ったん?
コソコソ
ほんまあかんであの人!
『下着泥棒顔』やねん!
ヒゲさんってぇ
なんかいつもエッチな目で見てるのぉ
あの人リビングにいるのなんかヤァダー
コソコソ
いいじゃん?
心配しているのは語学学校古参のふたり。
大阪の女、ナニワさん(31)とダイナマイトボディのタマネギ(25)
ヒゲヅラのような怪しい男が夜中にリビングにいるのが嫌なのは男性の私でも分かるような気がします。
そんなの悪いっすよヒゲさん!
ジャンケンで決めましょう!
はい男性陣!お手を拝借!
さいしょはグー!!
すると参加者のひとりワセダくん(25)が空気を読みジャンケンを強行しました。
さすが早稲田卒を毎日アピールする男。
類い稀な空間把握能力を持つ彼の迅速な『空気読み』により、心配されていた部屋割りが決まりました。
拍子抜け
[12:00]
少しだけ休憩するとすぐにハンドレッドアイランドツアー開始。
救命具を身につけて細長いボートに乗ります。
涼しいバギオに慣れきっている我々は本来のフィリピンの暑さをあらためて感じました。
ツアーガイドが何かの準備をしている間に、暑さに耐えきれず早くも海に飛び込む男性陣。
しかし浅瀬はほぼお湯。
それほどまでにこの日の気温は高かったのです。
めっちゃテンション上がってきた!
すべての準備が終わり、工事現場のようなエンジン音を響かせながらボートが進みはじめました。
『ハンドレッド』というだけあって、無数の小島をすり抜けるように海の上を走っていきます。
ハンドレッドだけに!
生温い潮風を真正面から浴びて、はっきりいって気持ちの良いものではありませんが、それでも美しい景色と開放的な南国の雰囲気に大興奮の面々。
一応屋根付きのボートなので皮膚を突き破るような暑さはいくらか和らいでいます。
一方で静かな者もいました。
ワセダはツアー序盤から黙ったまま遠くを見ているのみ。
ヒゲヅラは我々と知り合ったばかりだし、年齢が離れているためか終始黙っています。
普通っすよ…
さっちゃんが話しかけたりしていますが、あまり盛り上がらないようです。
その時!
ボートの後方にいたドンキくんが騒ぎ出します!
大変です!
なんと酔いやすいワセダは「フィリピンの酔い止めを信用していない」と、『丸腰』の状態でツアーに臨んだことで完全に船酔いしてしまったのです!
ワセダの嘔吐をきっかけに我々は次第に静かになっていきました。
たまにボートのスピードをゆるめガイドが島々の説明をしていますが、フィリピン訛りの英語と銃撃戦のようなエンジン音によりなにひとつ聞き取ることができません。
しばらくして同じ景色が続いていることに気付き、我々は数分でツアーに飽きてしまいました。
暑さにやられて『はやくコテージに戻りたい感』が漂っているのです。
最終的にボートはよくある『人の多い普通のビーチ』に到着。
ボートを降りて泳いだり、飛び込んだり、売店でコーラを買ったり、埋めたり、埋められたりしました。
『ハンドレッドアイランドツアー』の内容は大したことがありませんでしたが、ビーチでの時間は心地よく過ごすことができています。
霧がかっている山間部のバギオに滞在している我々は、久しぶりに見る熱い太陽と綺麗な海に心を洗われているのです。
こんなんほんまに久しぶりやねん!
早くビール飲みたいな〜
さっちゃんほんとにビール好きだよね〜
あっ!あっちも見てる!
ヤッダーもうっ!
大変です!
結局最後の大きな島のビーチでビーチっぽいことをして終わった、拍子抜けのハンドレッドアイランドツアーとなりました。
バックパッカーの青春
[16:00]
ゴクゴクゴクゴク!
うまーい!
いひひひひ
ツアーから戻ると庭のセットを使ってバーベキューをはじめました。
元料理人の私は率先して仕事をします。
客のため、給料のためではなく、友達を楽しませるために包丁を握るのがこんなにも楽しいとは思いませんでした。
20代の面子から一線を引いていた30代のふたりも楽しげな表情をしています。
わざわざこの日のために買ってきた浮き輪をほとんど使わないままビーチに忘れてきてしまったことをドンキくんが嘆いたり、メガネくんが生焼けの肉を食べたかもしれないと大騒ぎしたり。
通りかかったどこかの語学学校の韓国人が肉の焼き方を得意げに説明してきたり、大きめの野良犬が現れて一時的にコテージ内に避難したり。
夕暮れ時にはビールを飲みながら夕陽を見ようと意気込んでいましたが、コテージの角度からはヤシの木が生えすぎていてまったく見えなかったり。
いろいろとありましたが、バーベキューは大盛り上がりのまま夜を迎えました。
[22:00]
船酔いから復活することのなかったワセダと、一気飲みがカッコいいと思って飲み過ぎたドンキくんはすでに寝ています。
酔いがまわった我々は次第に庭のベンチやコテージ内のリビングのソファ、また各々の部屋へと散り散りになりました。
私は庭のベンチでさっちゃんとメガネくんと3人でのんびりお酒を飲んでいます。
外からは室内で飲んでいる面子の笑い声がうっすらと聞こえています。
企画してくれてありがとう
フィリピンに来て今日がいちばん楽しかったよ
最高だね!
ゴクゴクゴクゴク
はぁぁぁぁぁぁ…
そろそろおれも寝ようかな
私はなぜこんなに楽しいのかを考えていました。
日本でこれをやって、これほどまでに楽しめるわけがないと思ったのです。
みんな終電とか大丈夫なのか?
誰か多く払ってる人いるんじゃないか?
奥さんや旦那さんにはちゃんと言ってあるのか?
明日の仕事大丈夫かな?
日本では当たり前に気になることも、ここではなにも気にならないのです。
先輩も後輩もない、紛れもなく対等な立場。
奇跡的にフィリピンで集まったこの特殊な面子とこういう経験はそう簡単にできるものではありません。
酔ってセンチメンタルになっている私。
さっちゃんは酒を飲み続けています。
この日誰よりも早起きしていたメガネくんは就寝のためにコテージ内へ戻っていきました。
するとそこへしばらく消えていたりょうちゃんが庭に出てきました。
ねぇ聞いて!あははは!
気づいたらいなくなっててさ!
タマネギちゃんとヒゲヅラさんが女子部屋に篭っちゃったんだけど!
ひひひひひ!
わたしたちの部屋はナニワさんがすごいイビキかいてるし!
わたしとさっちゃんどうすんの⁉︎
あははははは!
なんと時間が経って酒がまわるうちに、あれほどヒゲヅラを嫌がっていたタマネギが彼といわゆる『いい感じ』になってしまったとのこと。
りょうちゃんはふたりを面白がって、リビングでそれを囃し立ていたらしいのですが、気づいた時には女子部屋にこもってしまっていたのです。
りょうちゃんとさっちゃんは寝床を失ってしまいました。
お腹痛い!
どうすればいいのか考えられない!
りょうちゃんは酔いすぎてただひたすらに笑っています。
一方男子用の2部屋はゲロ吐きワセダ(船酔い)とゲロ吐きドンキ(飲み過ぎ)の死体安置所、そしてメガネくんが泥のように眠る部屋とで埋まっています。
わたしたち3人で星見に行こうよ
ひひひひひ
偶然3人とも同い年だしね!
いいじゃぁーん!
さっちゃんの提案で3人で車通りのない広い道路へ出ました。
あはははは!
わたしまったく酔ってないし
車が来たら教えてあげるね
ひひひ
川の字になり仰向けになって星を見る我々。
あはははは!
これは青臭い青春ドラマか?
自分の行動が恥ずかしかったことはうっすらと覚えていました。
ヤシの木に画角の両サイドを削られたその狭い星空は、日本で絶対に見ることのできない美しさがありました。
しかし私が見たその星はひょっとしたら酔い潰れて見ていた夢だったのかもしれません。
なぜならそこから起きるまでの記憶がないほどに私は酔っていたのです。
[8:00]
ひひひ
さっちゃんの声で私は目を覚ましました。
寝ぼける暇もないほどのスピードで違和感に気づきます!
隣に誰か寝ているのです!
その声で飛び起きたのはなんとりょうちゃん!
ええええええ!?
なんでぇ!?
誰かがリビングまで引っ張り出してきたひとつのマットで私とりょうちゃんは爆睡していたのです!
状況を把握しようと努めますが、記憶がないほどに酔っていた私は何が起きているのかまったく分かりません!
同じくりょうちゃんも大パニックです!
何時に寝たのか、誰がマットを用意したのか、夜の間になにかあったのか。
私もりょうちゃんも道路に出たところまでしか覚えていません。
どれだけ飲んでも絶対に酔わない異常体質のさっちゃんだけがすべてを知っていますが、彼女はそういうことをあえて秘密にする性格なのです。
ひひひひひ
楽しかったのは間違いありませんが、私は二日酔いの頭で自分がバックパッカーだということを思い出し、少しだけ後ろめたさを感じました。
遊びすぎている。
何しに来たんだっけ。
そうだ英語を勉強しに来たんだった。
いや違う。
旅をしにきたんだった。
うん、たぶんこれも旅だ。
結局今回のハンドレッドアイランド旅行は『ツアー』よりもコテージでの『飲み会』がメインとなり幕を閉じました。
ひひひ