学校に行かなくなった
バギオの語学学校に来て3週間ほどが経ちました。
それはフィリピンという国に滞在している時間と同じであり、同時に日本を出国してからの時間でもあります。
つまり私の知る『海外』とはこの学校だけなのです。
ここ数日、私は学校に顔を出せなくなっていました。
その理由のひとつは飽きてしまったこと。
飽きるほどに英語が上達したかといえばそんなはずはありません。
外国人相手にビビらなくなったことと、自分が英語を話すことが恥ずかしくなくなったという点では大きな成長だと甘くジャッジすることはできます。
しかし先生は全員フィリピン人で、生徒の大半は韓国人であり、少数派に日本人と数名の台湾人とモンゴル人。
ということは『本物の英語』を聞く機会が無いということです。
私はそこに少しだけ違和感を感じていました。
ふたつめは遊びすぎていること。
ナイトマーケットに行ったり、ビーチに泊まりがけで遊びに行ったりと、日々出歩いていた私はなかなか1限目から出席できなくなっていました。
物価の安さに甘え、毎晩のように酒を飲みに行くのです。
仲のいいドンキくんやメガネくんもそのタイプで、彼らが学校にいると私も出席していました。
しかし校内にあるビリヤード場で延々と遊んでいて授業にはあまり出ていないのです。
そして学校に行かなくなった最大の理由は韓国人です。
彼らとの関わり合いに疲れてしまった私は授業以外では日本人としか話さなくなり、ついには語学学校にいる意味を感じなくなってしまいました。
同期の会
日本人にはナニワさんのような30代やトミオのようなジジイもいたりとあらゆる年齢の生徒がいます。
おじさんだ!
しかし韓国人の生徒のほとんどは20代前半で、私の同期である28歳の韓国人・ハイトーンボイス・デブは、他の生徒からすると最年長に近いのです。
年齢感に大きな秩序を持とうとする彼らの性格上、年上の人間には頭が上がりません。
デブは日を追うごとに本性をあらわにしていて、最初の頃はもじもじしていたのが今では完全なる『番長』と化しています。
ほかの韓国人生徒からすると、デブの高い声もその醜く太った体もいじったりすることなど絶対にできません。
「はじめまして、何歳ですか?」
韓国人にとって『年齢』とは、初対面時で真っ先に知り最速で立場を把握しなければならないほどにシビアなものなのです。
私のルームメイトであり同期のキノコから飲みの誘いがありました。
シンを呼べばアンも来るかもしれないからな!
今夜コリアンレストランに飲みにゆくぞ!
そしてあのお方はドンキがお嫌いだから連れてくるな!
シンだけでいいとのこと!
アンを誘い出したいんだ!
なんと相変わらずアンにベタ惚れのデブは私にベタ惚れのアンを飲みの場に誘うべく、同期の会と称したいわば『アン献上の会』を企てていたのです。
なあ、シン頼む!
俺を助けるつもりでもいい
アンを誘ってみてくれないか?
しかし私がアンに断られたらどうするの?
キノコにはいつも世話になっているし、日本人のいない飲み会も経験してみるかと思った私はアンを誘いに行きました。
なぁに〜?
シーン♡
今夜飲みに行きませんか?
即答のYes!
行くに決まってる!
シン・ヒョン(シンお兄ちゃん)から誘ってくれるなんて嬉しい!
ポッ!照れ!
いや〜ん!
相変わらずのアンですが、ふたりではなくデブとキノコが企画した『同期の会』だと説明するとアンの態度は急変しました。
「とっても行きたい」から「クソイベント」に変わっちゃった…
でもシンの誘いだから…行くけど…
キノコのお願いなんだ
アンに悪いという気持ちが残りましたが、それでも参加してくれるとのことで、この日の同期の会は実現することになりました。
ベストフレンド!
なんでそんなことができる?
デブとキノコ、そしてアンと私は約束通り指定された韓国料理店に集まりました。
トクトクトクトクトクトク…
1杯目から『ソジュ』と呼ばれる緑色の瓶に入った無色透明のお酒を飲むようです。
デブの手によって4つのショットグラスになみなみに注がれましたが、一度も飲んだことがないその怪しい液体を警戒する私。
学力テストで『Beginner』とランク付けされたデブは、こういった『多数派』の場に来ると英語を喋りません。
真面目な顔をして、なにやら演説のような長いセリフをキノコやアンに韓国語で話しています。
乾杯だぞ!
そしておそらく韓国語で『乾杯』を意味する単語を吐いてグラスをぶつけ合います。
3人は一気飲みしましたが、私は一旦ニオイを嗅ぎ、チビチビと口をつけます。
そもそも日本の焼酎みたいなものすら飲まない私は、ソジュのショットグラスを置いてビールを注文しました。
その瞬間!
ガシッ!!!!!
急にデブの目の色が変わり、私の胸ぐらを掴んだのです!
なになになに!
Fucking Japanese?
発音キモくて暴言になってねえよ!
やっちゃったねシン
韓国映画やドラマのクライマックスシーンが大抵そうであるように、韓国人は感情的に暴れることを「マジでカッコいい」と思っています。
「日本人を懲らしめている」その勇姿を映像として残すべく、キノコは動画を撮りはじめました。
デブも若干映る角度などを気にしている様子。
おいブタそろそろ離せ
地元に帰って動画を見せながら喧嘩自慢でもするのでしょうか。
韓国人はよく日本のアダルトビデオの話をしますが、彼らが好きなものを調べるとほぼすべてが『レイプもの』です。
つまり「日本人を痛め付けることが善であり大きな喜びである」と脳にプログラムされている人種なのです。
フィリピン人の店員やまわりの客になだめられ、騒動はすぐにおさまりましたが、私の腹の虫はおさまりません。
寛大なこのお方はお前を許してくれるそうだ!
何を許すって!?
一気飲みだ!
ぱッキンじゃパニじゅう〜!
飲め飲め〜!
何を許されたのかわかりませんが、今度は水などを飲むための大きいグラスにたっぷりとソジュが注がれていました。
こんなもの飲めるわけがありません。
デブとキノコはニヤニヤしながら「イッキ!イッキ!」のような謎の韓国語の歌を楽しげにうたっています。
年上に逆らうことのできないアンは乾杯からずっと黙ったまま。
気分を害した私はその『命令』を無視してアンに英語で話しかけました。
なんで私は怒られたの?
もしかして一杯目のソジュのショットを飲まなかったから?
そんなとこ…
それかもう帰ろう
無理なんだ…
何もし返すことのなかった私を見たデブは、勢いに乗り感情の赴くままに悪態をつきはじめました。
自分の命令を無視した『年下』の『日本人』が『自分が目をつけている女』と『自分の理解できない言語』で話しているという状況に我慢ならないといったところでしょうか。
デブは料理の並ぶテーブルの上にドン!と足を起き、禁煙の店内でタバコに火をつけ、韓国語で怒鳴りはじめたのです。
相変わらず動画をまわすキノコ。
「そんなことしないで!」と英語で注意するも「英語を話すな!」と韓国語で一喝されて黙るアン。
取り皿の文化のない彼らはいつもテーブルの上に直接食べ物を置いたりしますが、そんなことは気にすることなくデブは左足を乗せ誇らしげな表情をしています。
「俺は今がいちばん輝いている」とでも思っているのでしょう。
眉間にシワを寄せ、事前に練習していたような「かっこいい」セリフを吐いて、おそらくアンにその様をアピールしているのです。
私のことを親友とまで言ってくれていたキノコがまるで『あちら側』についているような気持ちになり、私は悲しくなってしまいました。
お前ら!
それだけを言い残し、金も払わず私はすぐに帰宅してしまいました。
乾杯の前に彼はなんて言ってたの?
ずいぶん長々と話していたけど
「今日は同期の会を開催できて俺は嬉しい。しかし本筋は年下の日本人との勝負である!しかし俺は絶対に負けない!見ててくれアン」
って言ってた
ソジュを何本飲めるかの…
表面的には友好的でも、体の奥底に眠る日本人への敵対意識は決して消えることのない韓国人。
「日本人を打ち負かす」ことでアンを手に入れるという作戦だったようです。
「もしシンが酒を飲まなかったらキレちゃうかもな!その時はキノコ、動画でも撮ってくれよ」
ってキノコに言ってた
バカみたい!
いやバカね!
韓国では年上に逆らえないから私も助けられなかったんだ
ごめんね
もうあの人たちと関わらないほうがいいかもね
そうするよ
韓国の女の子はああいう「強さ」をアピールする男が好きなの?
アンちゃんはどう?
でも帰るとそんな男ばっかり!
だからわたしアメリカに行くの!
アンみたいにまともな性格の韓国人も中にはいるようです。
しかしデブやキノコに限らず学校にいるほとんどの韓国人が似たような性格をしていて、私は『国民性』というものをはじめて実感しました。
バカでも分かるよ無理だってこと!
まずあれは痩せなきゃ!
ブタには分からんよ
この一件によりほかの韓国人たちとの関わり合いも嫌になり、私は完全に学校に行かなくなってしまったのです。
これじゃない
有名な観光地に足を運んだり、壮大な大自然を見に行ったり、煌びやかで羨ましがられる海外生活を自慢したりするためにバックパッカーになったわけではありません。
かといってスラムを取材したり、ジャングルでサバイバルをしたりと、激しい旅を希望しているわけでもありません。
私の動機は『なんとなく』なのです。
その目的は『現地のリアルな生活に馴染んでみること』以外にありません。
だからこそ不便で不衛生な苦しい状況も
と楽しむつもりで日本を出てきました。
しかし私は学校にいる韓国人たちと関わった時に「これじゃない」と強く思ってしまったのです。
まだ1カ国目なのに、文化の違いにやられてどうする?
でもここはフィリピンだ。
韓国じゃない。
韓国文化に触れるのは韓国に行った時でいい。
学校でストレスをためるよりもフィリピンにもっと触れる必要があると思い、私は平日の昼間からひとりで街中に出るようになりました。