なんぞそれ?
マニラじゃないのか
りょうちゃんに検索してもらった台湾行きの航空券はマニラからではなく、クラークという聞いたこともない空港でした。
でも往復券だから戻ってくる時もクラークだね
メガネくんのお別れ会の最中、急に台湾に行くことになってしまった私はりょうちゃんの検索画面からそのまま航空券を購入しました。
最後の見送り人
そして次の日。
バックパックに荷物を詰め込みさっちゃんの部屋を出ました。
さっちゃんは授業に出ているのか部屋にいないのでこのまま行きます。
昨夜の会で仲間たちには別れを告げたのでこのまま行くのです。
学校や寮のある敷地から長い坂をくだってタクシーを拾える道路に向かいました。
すると遠くから私を呼ぶ声が。
なんと元ルームメイト、元友達である韓国人のキノコが走って私を追いかけてきたのです。
…シン‼︎
すぅ〜…はぁはぁ!
ドンキから今日だって聞いた!
去る前にひとこと声かけてくれてもいいだろう⁉︎
韓国人と揉めて以来、彼とは一度も話さぬまま1ヶ月以上が経っていました。
はぁはぁ
「あの時はごめん」と言われたとしてもおそらく私の心は動かなかったでしょう。
今さら遅いのです。
我々日本人と国民性が違いすぎて、そもそも悪いことをしたと思っていないのかもしれません。
胸ぐらを掴んで暴言を吐き、その様子を動画に撮って馬鹿にして、コップに満タンの強い酒を一気飲みしろと強要しながら大笑いすることがあちらの国では「かっこいい」とされているのです。
じゃあね
シン…
スッと右手を差し出して握手を求めるキノコ。
しかし私はポケットから手を出すことなく再び坂をくだりはじめました。
いつまでも根に持って彼を許せない自分の小ささを嫌悪すると同時に、その自分の嫌いな部分を思い出させた『キノコの登場』に私は腹を立てたのです。
本当は前のように仲良くしたい気持ちがあったのかもしれません。
フィリピン初日、つまり私の海外初日に知り合った彼にはあらゆる面で世話になりました。
いま使っているiPhoneの充電ケーブルも彼にもらったものです。
20メートル離れた場所から、追いかけてくるわけでもなくキノコが叫びました。
Enjoy your trip!
「ごめん」でも「ありがとう」でもない、相変わらず先輩ヅラをしたようなセリフに私は以前のキノコ思い出して、泣きそうになってしまいました。
全然彼らを許したわけではないし、重い荷物を背負って急な坂を20メートル戻って歩み寄るほど心が動いたわけではないため無視した形で歩きました。
彼に悪い気もしましたが、これでいいような気もします。
後味が悪い別れもたくさんあるはず。
呼ばれて一瞬振り返った私の表情が彼にどう映っていたのか分かりませんが、坂の下にいたさっちゃんが言うには、キノコが満面の笑みでずっと手を振っていたそうです。
パーカー
サプライズだよ!ひひひ
部屋で別れると見送りいらないってシンくん言うでしょ?
わたし分かるんだ!ひひひ
だから無理やりにでも一緒にバスターミナルまで行くんだよ
かわうぃいいいぃぃぃ〜!!
タクシー呼んであるからもうすぐ来るよ
あっ!きたきた!
いひひひ
これからひとりでやっていける自信ないなぁ〜
大丈夫だよきっと
授業をサボってきたさっちゃんとふたりでバギオのバスターミナルへ向かいます。
彼女はいつも聞き役に徹していて、私のくだらない話を楽しそうに聞いてくれていました。
しかしこの日はタクシーの中でもバスターミナルに着いてからも喋り続けるさっちゃん。
なんだっけ!あっそうだ!
それでね…
聞いて!聞いて!
分かります!
寂しさを紛らわすために話し続けているのですね⁉︎
バスが来るまで時間があったので、近くの汚い屋台で謎のフィリピン食を注文しました。
くさいスープに謎の肉と輪ゴムのような食感の麺が入った50円くらいの昼食をさっちゃんと一緒に食べました。
その時ついにさっちゃんの話が止まり、今度は急にボロボロと泣き出してしまいました。
これまで何があっても落ち着いていたさっちゃんが泣くなんて信じられません。
グスッグスッ
このあとひとりでまたタクシーに乗って帰るさっちゃんを想像すると悲しくて悲しくてどうにかなってしまいそうです。
昨晩行われたメガネくんのお別れ会でも私は寂しい思いをしました。
バックパッカーってなんだかせつない生き物だ!
手書きで『DAU』と書かれたプレートをフロントガラスに貼り付けた大型バスが到着しました。
みっともないからね
ひひひ
Enjoy your trip! シンくん!
ハグなんかするとおそらく私は台湾行きを中止してしまうので、爽やかにグッと握手をしてバスに乗り込みました。
とにかく寒かったバギオ。
標高の高いこの町の気候が特殊であって、これからは基本的に暑い場所で生活をしていきます。
そのためナイトマーケットで手に入れた青のパーカーが荷物になるからと、さっちゃんに渡していました。
このバスはクラーク国際空港の近くのDAU Bus terminalへ向かいます。
バギオから3時間で到着できるとのことですが、私は車内で苦しんでいました。
パーカーあげなきゃよかったかも!
バスを降りてすぐにバイクタクシーのガラの悪いオヤジに声をかけられ、すぐに空港へ到着できました。
ひとりになった途端に襲いかかってきた激しい不安感。
なにもかもが心配で、なにもかもが怖くてたまりません。
「なんか不安だよね」と言い合える人すら今後はいないということまで不安です。
つい先ほどまでさっちゃんと「寂しいね」なんて言い合っていたことが遠い昔のことのように感じます。
しかし私はバックパッカー!
この感じを味わうために外国へやってきたのです!
日本を出て2ヶ月、やっとスタートできたではないか!
緑の大きなバックパックを預けて保安検査場を通ります。
成田の時とは比べ物にならないほど緊張しながら『2カ国目』の台湾へ出発しました。