Taiwan

第13話 2ヶ国目

私は九州出身で21歳の時に上京しました。

福岡空港から成田空港までだいたい2時間くらいなのですが、それと同じか少し短いくらいの時間で台湾に着いてしまいました。

チケットに『2h』と書いてあったのでいちいち驚いてもしょうがないのですが、それでも福岡東京間と変わらない時間でフィリピンとはまったく違う国へ来れたことに感動しているのです。

それはもうまったくもって違います。

ATMが漢字だらけで使い方が分からないのです。

ギャル

[2013年8月30日]

予定通り台北桃園空港に到着してとりあえず一安心。

この空港は地べたに転がっている汚い人間もいなければ、野良犬が侵入してくる雰囲気もありません。

久しぶりに見たこの『綺麗な感じ』が、バギオを出てからずっと不安でたまらなかった私を安心させてくれました。

とりあえずお金がないと何もできないのでATMへ行きましたが、使い方がまったく分かりません。

英語画面に切り替えても、それぞれのボタンに対して自信が持てないのです。

シン
シン
フィリピンで覚えた『Withdraw』がないだと?
台湾ギャル
台湾ギャル
ダイジョブ?

大和魂丸出しの顔をしている汚いバックパッカーを不憫に思ったのでしょう。

片言の日本語で20代の『台湾ギャル』が助けてくれました。

[台湾ギャル]

英語と日本語でコミュニケーションをとり、なんとか5,000元を引き出すことができました。

台湾ギャル
台湾ギャル
タイワン
ハジメテ?
シン
シン
は、はい!
はじめてっす!
台湾ギャル
台湾ギャル
タイワンヲ
タノシンデクダサイ!
バーイ!
シン
シン
…しぇいしぇい!

なんと良い気分なのでしょう!

ギャルだからではありません!

たとえあの優しさがジジイからのものであったとしても気分は良いはずです!

日本円で約2万円ほどの台湾マネーを手に入れた私はそのまま空港のバスセンターへ向かいました。

シン
シン
台北駅に行ったらなにかしら泊まれるところがあるでしょう
たぶん
台北駅ってめっちゃ栄えているんでしょう
たぶん

バスチケットを買う列に並んでいる時に、ATMでおろした現金をポケットに入れたままだということに気づきました。

シン
シン
危ない危ない!こんな大金落としたらつい帰国したい気持ちになっちゃうからな!

手に入れたばっかりの5,000元を財布にしまうべく一旦列から離れて荷物をおろします。

シン
シン
え〜と財布財布…

いつも青色のサブバッグに入れているのですがなかなか財布が見つかりません。

シン
シン
あれ〜…こっちかなぁ…?

恥ずかしながらギャルと話すのに夢中でATM前でのあの瞬間の記憶がないので、どこに財布を移動させたのか覚えていないのです。

シン
シン
ないなぁ…
うそだろ…

なんだこのイヤな感じは?

絶対どこかにしまったはずなのに見つからない「もしかしてやっちまったかも感」とでもいいましょうか。

目覚めて時計を見た時の「うわ寝過ごした…遅刻かも…」にそっくりなこの感じ。

しかしだいたいそういう時は大丈夫なのです。

だいたいそういうときは仕事も休みです。

シン
シン
でも見つからない

尋常ではない汗が噴き出てきます。

絶対に財布をしまうはずのない大きい方のバックパックの中や、お尻の重みで財布がないことなど感覚で分かるはずなのに一応ポケットの中など、すべてを調べましたがやっぱり財布は見つかりませんでした。

シン
シン
さてはあのギャル…

美貌を武器に男に近寄りスリを働く『天才詐欺師系ギャル』だったと確信した私は、重いバックパックを背負っているとは思えないほどのスピードで先ほどのATMへ戻りました。

しかし時間が経っているため見つかるわけもなく、私はその場に崩れ落ちました。

シン
シン
情けねぇ!
情けねぇ!

ひとり旅がはじまった瞬間、私はカード類すべてが入った財布をスられてしまったのです!

シン
シン
なにがバックパッカーだ!
ただのアホじゃねぇか!

私の旅は終わっていない!

帰国を覚悟しました。

5,000元では何もできません。

銀行のカードがなければこれ以上のお金を引き出せないし、クレジットカードがなければオンラインで決済できないのです。

シン
シン
つまり私は帰国の飛行機にも乗れないのか⁉︎

財布をスられたことよりも、旅のスタート地点でリタイアさせられたことがとにかく悔しいのです。

空港に着いてすでに30分以上経っていますが「ひょっとししたら憎きあのスリ師ギャルがいるかもしれない」とグルグル歩きまわりました。

ギャルや財布が見つかるはずがないのは分かっているのですが、いまこの瞬間をどうしたらいいのかが分からず歩くしかないのです。

シン
シン
私の旅はフィリピンで半端に英語を学んだだけか…だせぇ〜…

人を探しているとは思えないほど下を向いてドボドボと歩いていたところ『インフォメーションカウンター』を発見しました。

シン
シン
日本とは違うんだ
絶対に届いてないし、届いたとしてもスタッフが美味しくいただく
それが海外

そう思いながらもダメ元でカウンターの男に話しかけました。

私に気づいたその男はニコッと微笑み、片言の日本語で対応してくれました。

カウンターの人
カウンターの人
マッテタヨ!
ヨカッター!
ニホンジンデスネ?
財布デスネ?
色と形オシエテ
ソレト、オボエテルダケナカミ!

シン
シン
なにぃ!?

その感じ!
絶対届いてるぅぅぅーっ!!

こんなに嬉しかったことはかつてあっただろうか⁉︎

その一瞬、台湾の空港にいる私の足元にだけ重力がなくなりました!

20kgを背負っているのにピョンッ!と浮いてまったのです!

シン
シン
茶色で二つ折りでカードが4枚くらいと日本の運転免許証!
それとフィリピンペソがいくらか入っています!
カウンターの人
カウンターの人
ホカニナニカナイ?
シン
シン
他にはたぶん何も入ってないですよ
カウンターの人
カウンターの人
メモニハホカノモノモ
アッタミタイニ書イテアリマス
ニヤニヤ
シン
シン
覚えてないっすね
カウンターの人
カウンターの人
ワカリマシタ
ニヤニヤ
コノ紙持ッテアノ出口カラ警察署二イッテクダサイ
ニヤニヤ

私は彼のニヤニヤを見逃しませんでした。
「コンドーム」と言わせたかったに違いありません。

彼が言うには30分ほど前に金髪の女性が「髪の長い日本人がATMの台の上に忘れて行ったから」と届けてくれていたとのこと。

彼女はとにかく心配していたらしく「はじめての台湾だからどうしても彼を見つけて財布を渡してあげて欲しい」と懇願したそうなのです。

シン
シン
あのギャルで間違いない!

撤回します!

あなたは美人詐欺師ではない!

ただの美人だ!

いや!女神だ!

「まだ私の旅は終わっていない!」と喜びを隠せぬまま、空港に併設されている警察署へ向かいました。

ロン毛

名物署長
名物署長
きた!きたきた!
お〜い!みんな!
例のやつがきたぞ〜!はははははははは!

警察署内に入ると『名物所長』とでも呼ばれていそうなひょうきんな男が対応してくれました。

[名物署長]

椅子に通されると、彼のほかにもゾロゾロと警官が現れて私を取り囲みます。

警官
警官
クスクス
警官
警官
クスクス
名物署長
名物署長
ぶふーっ‼︎

なぜかクスクスと笑う彼ら。

中には我慢できずに吹き出す者もいます。

名物署長
名物署長
はっはっは!
よく来たね!
財布を落としたんだろ?
ははは!
この書類に名前と財布の特徴と…
ぶはははは!

なぜみなさん笑っているのでしょう。

署長はフィリピンのことや日本のどこに住んでいるかなどを聞いてきました。

財布回収にあたってまったく必要のない、長々とした世間話に私は少し戸惑います。

シン
シン
早くしてほしいっすなぁ〜

署長のうしろの机の上に私の財布が置かれているのがすでに見えてしまっているので、これ以上長居は無用のはず。

書類に記入が終わりパスポートを見せると彼らは「もう我慢の限界!」といったふうに一斉に笑い出しました。

名物署長
名物署長
ぶわはははっ‼︎
カミ!カミ!
シン
シン
カミ?

私の免許証の写真はバックパッカーになる前のバンドマン時代に撮られたもので、今と同じような「ロン毛」でした。

名物署長
名物署長
おいみんなこれ見てみろ!
日本人のロン毛が財布をとりに来るぞ!
こいつ今どうなってると思う?
おれはまだ伸ばし続けてると思うな!
警官
警官
いやさすがに切ってるでしょうよ!

と、私が現れるのを心待ちにしていたとのこと。

そして私が姿を現したときに

名物署長
名物署長
ちょっとだけ短くなってる!
その長さキープしてんのかい!

と笑っていたそうです。

そしてパスポートの写真のほうは奇跡的に『おばちゃん』のように写っていたため、髪の長さとか関係なしに面白かったそうです。

台湾ギャル
台湾ギャル
髪の長い日本人

とギャルが私の特徴を伝えてくれていたことで、インフォメーションの男が迅速に対応できたのではないかと思います。

さらに警察署では何の努力もせずに爆笑を取ってしまいました。

この時ほど「ロン毛でよかった」と思ったことはありません。


[22:00]

財布を落としたことによりかなり遅い時間になってしまいました。

ここは国際空港なので早朝便待ちの旅客と一緒にベンチで寝てしまっても問題はないはずです。

しかし財布が見つかった感動と帰国せずに済んだことによる興奮で、その発想にいたりませんでした。

台北桃園空港から台北駅へ向かうバスに乗りました。

少しずつ都会の灯りが近づいてきます。

この1日で大移動をしてきたことを考えると、前日の今ごろはバギオでだらだらと酒を飲んでいたことが信じられません。

シン
シン
もしかして『旅』って『移動』なのか?

このあとどこで寝るのか決まっていないのに、私はバスの中で『旅』を感じていました。