カクガリ
[23:00]
なぜその発想にならなかったんだ
私は台北駅前のベンチで寝ていました。
人の多い街中で激しく転んだ時、痛みよりも恥ずかしさが上回って、すぐに立ち上がりその場を立ち去るあの感じ。
まわりの人間が「大丈夫ですか⁉︎」と心配して近寄って来ても「大丈夫です!大丈夫です!」と早口で返答して血まみれで小走りするあの感じ。
財布を落として一度は絶望した台北空港を出る時にその感覚がありました。
そのせいでまったく計画を立てずにここまで来てしまい、寝る場所がないのです。
ネットで探せばなにかしら見つかったのかもしれませんがもはや体力は限界だし、そもそもWi-Fiが繋がらないし、この時間から泊まれたとしてもお金がもったいないと判断したので私は開き直りました。
そしてついにiPhoneの充電も切れ、いよいよオフラインになった私は自分の電源も切るべくベンチで寝はじめたのです。
すると背の低い50代サラリーマンふうの、三角定規のような美しい角刈りのおじさんに台湾語で話しかけられました。
何か注意を受けているのは分かるのですが、なんせ台湾語なので一切理解できません。
I’m Japanese
私がそう言うといきなり笑顔になり「こんにちは」だの「ありがとう」だの言ってきて、なにやら嬉しそうです。
私も楽しくなってきて、彼と少し話しました。
朝までここで寝るつもりだと伝えたのですが「夜中にこんなところで寝るなんてダメだ!ついてきなさい!」と私を手招く仕草を見せるカクガリ。
と思いながらも、なんだか面白そうなのでついていくことにしました。
優しさを見せるカクガリですがカメラ、MacBook、財布、パスポートが入っているため、怪しい『頭まっすぐ男』なんかに預けるわけにはいきません。
自己紹介をしたりしながらしばらく歩きます。
しかし私以上に英語ができない彼とのコミュニケーションは困難を極めました。
カクガリがあまり喋らないので状況がイマイチ掴めません。
フィリピンからの移動でもはや私の体力は限界を超えていました。
どこまで歩くのかまったく分からないし、思っていたほどカクガリが面白くないことがとにかくつらいのです。
さらに台北の繁華街に入ると『宿』『Hostel』みたいな看板がチラチラと見えてしまっています。
カクガリさんいい加減にしてください!
せっかくどこかに連れてってくれているのはありがたいけど!
15kgのバックパックと5kgのサブバッグの合計20kgを身につけた状態での徒歩は膝にくるのですよ!
軟骨がもったいない!!
心が折れたその時、我々は怪しい赤色の大きなビルに到着しました。
健康ランド
中の時計をチラリと見ると23時40分。
つまり40分も歩き続けていたのです。
と言うと彼はタクシーには乗らない主義だとのこと。
どうやらここは銭湯に仮眠室やレストランが併設された、バックパッカーにとっては申し分のない施設のようです。
さらにはビデオルームなどの娯楽やマッサージ室などもあるようで、日本でいう小規模な『健康ランド』といって良いでしょう。
カクガリとともに受付へ行きました。
少しだけ日本語の喋れる店員が400元(2000円弱)で大浴場と仮眠室が12時間使い放題と教えてくれました。
いける?
フィリピンの物価から考えると少し高いのですが、私は早く寝たかったのでOKを出しました。
助かったな
荷物を下ろしながら偶然の出会いに感謝していると、カクガリは私の肩をポンポンと強く叩いて笑顔で帰ってしまいました。
その時私は彼の真の優しさに気付きハッとしました。
ふたりで歩いてる道中、彼は「トンマン」というところに住んでいると教えてくれていました。
台北駅から健康ランドまで40分歩き、そこからまた台北駅まで40分。
そして少なくとも駅から30分はかかるであろう、こちらとは反対側のトンマンの自宅まで歩いて帰ってしまいました。
本当に歩いたかどうかは分かりません。
しかしカクガリはタクシーを使わない主義だとハッキリ言っていたので、私の野宿を心配して助けるためだけに約2時間歩いたのです。
得体の知れない会ったばかりの外国人のためにここまでしてくれるカクガリ。
空港の人間もそうでしたが、台湾人はあまりにも優しすぎるのです。
全裸
荷物をロッカーに入れるといきなり番号札を手首に巻かれ、浴衣のようなものを渡されました。
そして大浴場の更衣室に連れていかれると、店員はずいぶんと不可解なことを言うのです。
少々におう!
分かります!
バギオから長時間、汗だくでここまで移動してきたのでにおうのも無理はないでしょう!
しかしこれ、どうもおかしいじゃありませんか⁉︎
何待ちですか?
脱ぎ待ちですか?
なぜ私は人に見届けられながら全裸にならなければならないのでしょうか!
外国人観光客など誰もいない、地元の人のための健康ランド。
どう見ても私はアウェー。
『郷に入れば郷に従え』
という言葉もあるように、私は言われるがままついに全裸になりました。
これどうぞ!
私が脱いだことにより安心したような表情を見せる店員からバスタオルを受け取り、大浴場へ案内されました。
変な感じの『プレイ』が催されるわけではなかったみたいなのでホッとしましたが、大浴場の中はホッとできるものではありませんでした。
前衛的な音楽や小説に触れた時に、カッコつけて「良い!」と言うことはできるけど、結局難しくて逃げ出してしまう。
それと同じ気持ちです。
いわゆる『ヤクザタトゥー』の和彫デザイン自体は美しいと一旦は思うけど、怖いものは怖いのです。
3分ほどでサッと体を洗い、私は逃げるように更衣室に戻りました。
スペシャル
もうすでに24時ですが、ビビりながらも風呂に入った私は完全に疲れと眠気が飛びました。
お腹が空いたのでレストランに入りました。
同じ浴衣を着た台湾人のおっさんたち全員にジロジロと見られます。
女性も子供もいません。
見渡す限り30代〜50代くらいの成人男性ばかりなのです。
お餅入りのあっさりスープと醤油チキンみたいなものを食べました。
フィリピンのあとだったので特に美味しく感じて幸せでした。
食事を済ませてWi-Fiが強いエリアを探しているといい感じのソファを発見。
充電しながらiPhoneの電源を入れてまったりしていると、胸元をはだけた40歳くらいの女性がくねくねしながら近寄ってきました。
これはもう絶対あれだ!
まさ~じ~?
あたりを見渡すと、常に数名のスペシャルおばちゃんがうろうろしています。
どうやらここはスペシャル目当ての男たちが集う台湾ならではの施設だったのです。
逃げるように1階の仮眠スペースへ移動しました。
カプセルホテルのような仕切られ方をした、2段ベッドが大量にある暗い部屋に行きました。
貴重品をロッカーにしまっていたところ、その手前に広い部屋を発見。
なんとそこには約50台ほどのマッサージチェアが並んでいます。
私はスペシャルじゃないほうでいいのだ
ちょうど半分のところで大きなブラインドで仕切られていて、左サイドの25席の方がガラガラだったので私はそちら側の一席に座りました。
しかしマッサージを開始しようと電源ボタンを押しましたが動きません。
隣の席に移ってもやっぱり電源は入りません。
25席ほぼ満席の右サイドを見てそう思った私は移動しました。
なにこれ⁉︎
するとそこには信じられない光景が広がっていました!
マッサージチェアはすべて同じ方向を向いていて、正面の特大スクリーンに男性向けの映像作品が『無音』で映っていたのです!
しかもかなりのオールディーズ。
ジャンルはパンクよりのハードコア。
日本のAVみたいに『作品』とは呼べそうもない、モザイクもなにもない生々しいセックスのホームビデオのような映像が音声無しで煌々と放映されています。
さらに驚愕の新事実。
ジュボッ‼︎
ジュボッ‼︎
ズルルルル‼︎
静かな中ラーメンをすするような音だけがあちらこちらから聞こえてきて、やっとこの施設の仕組みについて理解しました。
上の階で会った彼女とは別のスペシャルおばちゃんが私の前にも現れたので逃げるように仮眠室へ戻りました。
エロいおっさんのための施設だったんだ
日本では確実に摘発されそうなめちゃめちゃ怪しい健康ランドでしたが、台湾では珍しくない場所なのでしょう。
大きく身の危険を感じることはなく、むしろもっと長くいたかったと思うほどに快適でした。
さてはしょっちゅうここに来てるね
カクガリの優しさと、ここへ来るまでの彼の迷いのない足取りを思い出して私は深い眠りにつきました。