私は大繁盛している満席のカフェで壁に寄りかかったままアイスコーヒーを飲んでいました。
とりあえず今日泊まるところを確保しないと
地下鉄の乗り方やオススメの宿、台北市各エリアの特徴や観光情報など、これから9月3日まで台湾でどう生活すればいいのかを聞くためにてるてる夫婦に会いに行きました。
しかしバギオでの思い出や小籠包のことばかりを話してしまい、なにひとつ聞き出せぬまま別れてしまったのです。
取材
出国して約2ヶ月間、私はバギオの語学学校の学生寮で寝泊まりしていたので、まだ一度も『宿探し』というものを経験していません。
昨晩はカクガリに助けてもらいましたが、さすがに今日からは自分でどうにかするしかない。
そう思ってWi-Fiと電源を求めてカフェに入ったものの、あいている席がなく立ったままコーヒーを飲んでいるのです。
別の店に行けばいいのですがすでにアイスコーヒー(Lサイズ)を買ってしまっているので身動きが取れません。
エアコンで体を冷やせただけでも良しとするかと、この店に入った意味を無理やりに見出します。
すると目の前の2名席でPCに向かって仕事をしているナナフシのような細身の男が「立ってないでここ座りなよ」と席を開けてくれました。
その感じはバックパッカーだね
PC使うなら電源もお使いなさい!
ありがとう!
お邪魔じゃないですか?
全然全然!
ところで『ひとつ』聞いていいかな?
台湾にはいつ来たの?
はじめて?
どれくらいいる予定?
旅行の目的は?
なんと彼は観光業に関わる仕事をしているようで、バックパッカー丸出しの私に興味を持ったとのこと。
「これまでフィリピンで英語を学んでいて、こういう理由で昨日の夜に台湾に着いたばっかりだ、怪しい施設に連れて行かれて1泊し、今夜泊まる場所をこれから探す」と簡潔に話したところ、ナナフシはまるで取材をするインタビュアーのような面持ちで次から次に質問をしてきました。
「はやく宿を探したいのでそろそろいいですか」
席を譲ってくれた人にそんなことを言えるはずもなく、3つの質問に1回だけ答えてちょっと無視するといった具合の『空気読んでくれ作戦』に出ました。
するとそれを察した賢いナナフシは「OKOK」と小さく呟き、PCをカタカタしはじめました。
そしてなんと、ものの30秒で『あかり』という日本人宿のホームページを見せてくれたのです!
ここはキミのようなバックパッカーにピッタリだと思うな
ピッタリピッタリ!
そこにします!
さらに彼は電話をかけてくれて、いとも簡単に宿を予約することができたのです!
助かりました!
値段も悪くないはずだよ
ついてます!
日本人宿を知っているナナフシに出会えるなんて私はこれ以上ないくらいについてます!
すぐにでも『あかり』に向かいたいところでしたが、ナナフシはまだまだ私にいろいろ聞きたそうなので、すべての質問に答えて最後には数枚の写真を撮られました。
わんぱくキッズ
ナナフシに地下鉄の乗り方を教えてもらい『中山駅』という地下鉄の駅に到着。
宿はここからすぐのはずですがどうも見つかりません。
八百屋のオヤジと目があったので聞いてみました。
PCの画面を見せるとうんうんと頷くオヤジ。
その時オヤジの息子と思われる小1くらいの少年とその友達、合計5人の子どもが現れました。
「体力無限」の育ち盛りのキッズたちは、珍しい見た目の私を見て大盛り上がり。
テロテロTシャツと色褪せた短パンにペタペタのビーチサンダルで汚いロン毛の怪しい外国人に台湾語でずっと話しかけてきます。
「ちょうどいいお前らこの兄ちゃんを宿まで連れてってやれ!」とでも言ったのでしょうか。
オヤジの一声で子どもたちに手を引かれて、わんぱくキッズに案内してもらうことになったのです。
気づいた頃にはうっすらと空がオレンジ色になっています。
そして気づいたら中山駅に戻っていて、キッズはいなくなっていました。
再び宿の近くまで戻ってきましたが、相変わらず宿は見つかりません。
すると前方から背の低い真っ赤なバックパックを背負った女性が歩いてきました。
寸分狂わぬタイミングで「日本人ですか?」とハモってしまいましたが、同じ民族であることを確認して安心する私とその女性。
台湾人は日本人と顔がそっくりなのですが、それでも彼女の服装や漂う雰囲気から日本人だと瞬時に分かってしまったことに「我が脳も捨てたもんじゃないな」と感心しました。
あちらも同じくそのようで、付近を歩いていたら日本人が通るかもしれないと歩いていたら本当に日本人が現れてびっくりしたとのこと。
つまり彼女も日本人宿『あかり』を探していたのです。
あれなんなん?
ふたりがかりでなんとか『あかり』の小さな看板を見つけて無事チェックインすることができました。
ナンシー
ドミトリーと呼ばれる相部屋の男性用は予約で埋まっていたため、私はシングルルームに泊まることになりました。
すぐにシャワーを浴びた私は同じくシャワーを浴びてきたのであろうナンシーと廊下で遭遇しました。
うちのドミトリーエアコンないねん!
きつめの関西弁を無表情で話す彼女はセックス・ピストルズを愛するパンク女子。
いつかはアメリカのフィラデルフィアにある『ナンシーの墓』に行ってみたいというほどのピストルズファンでした。
彼女はずかずかと私の部屋に入り、エアコンの涼しい風を浴びています。
趣味でバンドもやってる
私も以前まで料理の仕事をしていて、その後横浜に移り住んでバンドをやっていました。
シドが好きやから
私もベースでしたよ!
何使ってたん?
ベーシストはな、そうやってイキったらあかんねん!
男らしくプレベがええで
なにかと共通点の多かった我々は話が盛り上がり、夜も出歩くことなく私の部屋で話し続けました。
ノーメイクで髪も短く少年のような服装のナンシー。
彼女の持ち物にもその男っぽい性格が見て取れます。
なにがそんなに必要なん?
自分でもよくわかりません
60リットルのバックパックと22リットルのサブバッグにパンパンにものが詰まっている私の荷物に対して、彼女は40リットルのバックパックひとつだけで、しかもスカスカとのこと。
これだけやねん!
部屋からスカスカのバックパックを持ち出したナンシー。
中には最低限の着替えが小分けせずにそのまま入っていて、大部分を占めていたのは木製の立派な折りたたみ将棋版と駒でした。
そう言いながらもじつは将棋が大好きな私は、その折りたたみ将棋版を中から引っ張り出してみます。
するとなにか布のようななものが挟まっています。
なんじゃこりゃあぁぁー!
パンツです!
まるで『しおり』のようにパンツが挟まっています!
かつて日本中の将棋版が一度でもパンツを挟んだことがあったでしょうか⁉︎
そしてパンツも将棋版に挟まれたことなどなかったでしょう!
返してや…
顔を真っ赤にしたナンシーは将棋版とパンツを回収して自分の部屋へ戻ってしまいました。
基本的に無口で男らしいワイルドな性格のナンシーから一瞬女の子のような恥じらいが見えてしまい、不覚にも私はドキドキしてしまったのです!
パンツを見たからではありません!
あのギャップになぜかグッときてしまったのです!
コンコン
数分後部屋をノックする音が聞こえてきました。
戻ってきた⁉︎
心臓をドキドキさせながらドアを開けるとやっぱりナンシーがそこに立っていました。
パンツですか⁉︎
あんな布っきれを好きかどうかわざわざ質問しにきたのですか⁉︎
もしかしてあなたのことをですか⁉︎
まだ出会って数時間じゃないですか⁉︎
こちら心の準備が整っておりませんぞ!!
将棋やるで
危うく勘違いを起こして恥ずかしい思いをするところでした。
将棋にこんな言葉があります。
『桂の高跳び歩の餌食』
特殊な動きをする桂馬の特徴を活かして序盤から相手にプレッシャーをかけたつもりが、前に出てしまったがために前方の歩に取られてしまって劣勢になることをそう言います。
つまり前方不注意。
調子に乗って前に出て、あとから間違いだったことに気づいて恥をかく私にピッタリの格言なのです。
パチッ!
パチッ!
中飛車ですか
パチッ!
『桂の高跳び歩の餌食』ですよ
パチッ!
五筋が隙だらけやで
その夜我々は深夜2時まで将棋を指し続けることになりました。